カテゴリー「06.セクマイばなし」の記事

横須賀市の性的マイノリティ対応がすごい件

こんばんは、圭です。

昨日、ツイッターで知りました。
横須賀市議会議員の藤野英明氏が、アカウントで報告していた、この件。

皆さま、もうご覧になりました?


6月議会での質疑を受けて、横須賀市は同性カップル等パートナーが
・同一住民票に入れる事
・同一世帯で国民健康保険に入れる事
・生活保護の要否判定・支給の対象となる事
・当然、里親になれる事
・そして、これらを周知すべくHPに掲載しました。

https://www.city.yokosuka.kanagawa.jp/2420/seietkimainoritexi.html

(ツイッター2018年6月15日 藤野英明(横須賀市議会議員・無所属) @ycc_hf)


※長いのでたたみます。

 

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勝間和代氏からの脱線

「からの」という最近の語法がにがてです。
だから本題より前に力説するのだけれど、記事タイトルの「からの」はそういう意味じゃないから!

いづれの御時からか、「からの」が、「から」の直前に来る語と同格の話題や状態をともなってつかわれる例を見るようになりました。

「神次回予告からの地獄絵図」

「ママ友ランチからの同窓会」

というやつ。時系列を追ったような表現と申しましょうか。

しかし、「○○から××する」という動作や行動の××部分を名詞で受けるために助詞「の」を挟む語法、○○部分を起点として時や場が表す名詞が移ろう語法のほうが、わたしにはなじみ深いのです。

「この支配からの卒業」 
(支配から卒業する ≒ 支配状態を起点として変容する)

「牢獄からの脱走」 
(牢獄から脱走する ≒ 牢獄を起点として移動する)

「霊界からの使者」 
(霊界を起点として移動してきた使者)

「親からの仕送り」 
(親を起点として移動してきた金)

「14時からの会議」 
(14時を起点として始まる会議)


わたしの書いた「からの」は後者ですから!ですから!
ということを強く申し上げまして、さて本題です。

経済評論家の勝間和代氏が、同性のパートナーがいると公表したことは、Yahooトップニュースにも取り上げられ、まあ、ご存じのとおり。

このニュース、我が家ではわたしが先に触れました。
片手におにぎり片手にスマホで過ごしていた平日の昼休み、へえ、とおもって彼女に連絡。
でも、待てよ、彼女、そもそも勝間氏を知っているかな。


「あきらさん、勝間和代て知ってる?」


彼女の返事は。


「黒ウィズ?」


でした。

黒ウィズ。ソシャゲ「魔法使いと黒猫のウィズ」の略称。
聞けば、勝間氏は熱心な黒ウィズプレイヤーだったのだそうな。
検索したら、古いものではあるけれど、インタビュー記事も出てきました。
そして記事に添えられた勝間氏の写真、これ、ウィズのコスプレである。まじで好きだったやつだ。

わたしはかれこれ4年ほど熱心に黒ウィズをやっておったので、彼女は、わたしがその筋から勝間氏を話題にしたのだとおもったんですって。


彼女の反応、わたしはじわじわと嬉しかったのです。
えるじーびーてぃー業界の話題に疎かろうと、我々はただここに在るのですし。
池田勇人ではないが、先日、東京レインボープライドをのぞいたときに感じた、わたしは「もはやえるじーびーてぃーではない」を再認識。

牧村朝子氏が言っていた「LGBTさん、さようなら」「もう『LGBT当事者を名乗らない』」の意味を、2年遅れで咀嚼できています。

「レズ」の呼称は響きが身の丈に合っていて好きだから、今後もじぶんを表す語のひとつとして、つかっていくつもりだけどね。


つもりではあるけれども。

「勝間和代ね! バイセクシャルで今は女性と交際してるんだってね!?」 ではなくて
「勝間和代ね! 黒ウィズ廃課金の噂の真偽ってどうなの!?」という会話が彼女とできること、10年つみあげてきた我々のベクトル、これをマイペースに尊びたいとおもいます。


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4年ぶりの東京プライド

こんばんは、圭です。
 
東京プライドフェスティバルを覗いてきました。
彼女とふたり、最後に行ったのいつだったっけ? もういっしょに暮らしていたよね? などと話しながら、東京都に降り立つ連休最終日。

前回、彼女が千円札とまちがえて一万円を募金してしまい、ドラァグのおねえさまから歓喜の悲鳴が上がったことは覚えているのだけれど、時期となると、はて。

こういうとき、やっぱりブログは便利よね。
ほら、記事があった、2014年。4年ぶりってことね。


4年というのは、社会人になってみると、さして長い年月でもありません。
10年前なんて「ついこないだ」の範疇。

それでも、今回行ってみておもったことは。

このわずか4年のあいだに、時代、変わってる(詠嘆)

でした。


ブース、増えたなあ。特に企業色の強まり。

出展内容、生活密着型だなあ。
パートナーと作れる家族口座の案内とか?

ひと、多いなあ。特に子連れ。
ブースが増えて、空間が埋まって、いっそうひとが増えたように感じられたのだとしても。


4年前に買った虹色の小旗を振り、パレードを見おくります。
見おくりながら、視界に映る現実からどんどん離れていくわたしという本体。

いまわたしが見おくっているのは、パレードそのものではないのかもしれない。
疎外感をおぼえたというのではなく、9年前、4年前にここへ来たことは、わたしにとって背伸びだったのだなあと、しみじみおもうことができました。

そのうち暑くなったので、離脱。
わたしは、離脱していいのだ。

行ってよかった、行ってよかった。

久しぶりに友だちに会えたから。
勉強してきたトルコ語で、ケバブを売るおにいさんとすこし話ができたから。
だれかの居場所になるイベントが、こうして続いていることを、遠くからよろこべたから。


Trp


そこがわたしの居場所ではなくても。


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広辞苑の「誤り」とLGBT

4月が終わろうとしています。

書店の辞典フェアはまだ続くかな、どうかな。
などと考えていたら、この話、まだブログには書いていなかったことを思い出しました。

広辞苑の第7版が出版され、はじめて「LGBT」が採録されたものの、その語釈が誤っていると議論を生み、出版元である岩波書店の公式サイトに修正文が掲載された…という一連の騒動について。
 
じぶんの目で原典の確認をしてからブログに書こうとおもっていて、ずいぶん時間が経ってしまった。
今さらではあるけれど、今週はプライドウィークだというし、いいよね。

 
さて、このニュースを見たとき。 
わたしには、えるじーびーてぃーがニュースになっているよ!話題になってよかったね!というようなほほえましい気もちもあったけれど。
どちらかと言えば、辞書に載っているのは定義ではなく語釈である以上、その文章を修正することによって「えるじーびーてぃー」と「そうでないひと」の線引きを厳格化するんだったらやだなーという気もちが強かったのです。


問題となった、修正前の語釈はこちら。


(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダーの頭文字)多数派とは異なる性的指向をもつ人々。GLBT


で、誤りとされた主な理由は、「性的指向」ではLGBしかカバーしていないと、Tは「性自認」の問題であると、そういうことのようでしたから。

これを修正することによって、言い換えれば、「LGBTとはなにものであるか」を突き詰めてしまうことによって、「LGBTではないひと」が存在するのは、それまた気もちわるい話だなと、おもっておったのです。

 
しつこく書くけれど、辞書は、正しいことが書いてあるものではないから。
編集方針に沿って恣意的に選ばれたことばの、恣意的な解釈がまとめられているものだから。

辞書に正しさを求めると、
ところてんを「透明でべろべろの食品」
プリンを「ぷりんぷりんした洋菓子」
と書いた新明解なぞ、即退場です。

「無限ループ」を引くと「循環定義を参照」、
「循環定義」を引くと「無限ループを参照」と
出てくるうつくしきグレアムの書も、正しさという観点からは、どうなのでしょう。

そして広辞苑の恣意性は、収録語数が多いせいもあって、おいおい、そこ言い切っちゃいます?と突っこみたくなる簡潔な語釈にあるとおもっています。
良く言えば、持ち味。ふざけて言えば、ネタ。

同性愛がかつて「異常性欲」だったことは知られた話だし、オタクは「常識に欠けた人」だった。
ちなみにオタクは最新版で「世間との付き合いに疎い人」に昇格しました。わーい。
 

そんでもって、広辞苑の編集方針を見てゆくと、新しい語については
「日本語として定着した語、または定着すると考えられる言葉を厳選」
して追加したというんですわね。
「新しく生じた意味は、その定着度を吟味しながら」加えたとも。

ということは、「LGBT」という語が未来の日本に残ったとき、そのことばは多くこのような意味で使われている。
であろうと執筆者あるいは編集部が考えている。
というのが文章になっていたのであって、「これこれこういう者をば指してLGBTと呼ぶ」というものでは、なかったのではないかなあ!
 
語源や由来を考慮し、より適切な語釈を求めて議論するのはすばらしいことであるが、果たしてこれは「誤り」なんだろーかと、おもっちまうんである。
わたしは、広辞苑に「誤り」があったことよりも、これを「国民的辞書の信頼揺らぐ」という記事にした産経に、むしろ敵意を覚えますな!
辞書は権威ではない。広辞苑が「正しい日本語」を決めるのでは断じてない。
 
加えて、もうすでに「LGBT」では取りこぼされていると感じるひとが、あると聞きますし。
LGBTQとか。LGBTSとか。いや、それでもまだまだ説明不足、SOGIが良い、とか。
厳密に、厳密に、深堀りしていけばいくほど、みずから多様性を否定していっているような違和感がだな…


と、ぐだぐだ考えていたのですけれど。
修正後の語釈、あれ、ご覧になりまして?

よくできていると、わたしはおもったのです。
どうして、最初の一発で、これ、できなかったんだろう。


①レズビアン・ゲイ・バイセクシャルおよびトランスジェンダーを指す語。GLBT
②広く、性的指向が異性愛でない人々や、性自認が誕生時に付与された性別と異なる人々。



なにが良いって、「多数派とは異なる」が消えたことが意義深いんじゃなかろうか。
世の中には「大多数のふつうの男」と「大多数のふつうの女」と「少数派であるLGBT」がいるわけではない。

なんつって、わたしも「セクシャルマイノリティ」てことばをつかってきたんですけれども。
レズ歴も長くなってきて、意識の変容を感じています。
いっしょけんめいに「ビアン」て言ってた時期、あった、あった。

時代は変わる。
わたしも変わる。

今年の東京プライドフェスティバルには、足をはこぶつもりです。


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わたしにも勝手に届いた

仕事で宇都宮市の公民館に行ったら、入口の脇に、あれっ!?


Ac


文字どおり、入ってすぐ。

ゲイカップルのお食事と日常記、我らが『きのう何食べた?』と、
甘すぎない学生百合、『青い花』が書架にならんでいました。

本屋のように、書架を任された担当がいるのか。

館内のディスプレイ全般に、指針のようなものがあるのか。

はたまた宇都宮の市民憲章のようなものに、「えるじーびーてぃー」対応が明記されたのか。


規模や影響力の大小はわからないけれど、この棚は、だれかの想いの表象。

届け、届け。
この棚を考案したひとには、
この棚を見てほしかった相手が、きっといるのでしょうから。


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帰ってきたビアンバー

こんばんは、圭です。

待ってた、待ってましたよ。

彼女とちょこちょこ通っていたMIX BARが閉店してから5年半。
ついに、帰ってきてくれました。

BAR LR

Lucky Rainbow 略してLR(エルアール)。
 
月に1回、最終火曜日限定で
既存のバーの看板をかけかえ、出現するビアンバー。


おととい、12/26(火)が初回営業日だったので
さっそくおじゃましてきました。

しゃれたバーでありながら、敷居は低く。
この居心地のよさ、なつかしい。

お店は、当事者に限らず「セクシャルマイノリティに理解のある女性」向けだそうです。
女子高出身者としては、「女だらけ」のリラックス感にも郷愁をおぼえましたね。

慌ただしさは遠く薄れ、年末きぶんは霧散。
バーカウンターでゆったりカクテル飲んだのも、そう言えば久しぶりだな。


バーテンダーのChiiさんは、
ガールズオンリーのイベントスタッフを務めたり、
LGBTオフ会に携わったりと、タフに活動されている方。

こうしてまた
我々の居場所を増やしてくれたことに感謝して、来月も行こうとおもいます。


Lr


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子を持たぬレズの悲歌

こんばんは、圭です。

祖父の法会を済ませ、無事に帰宅しました。

それにしても、紅葉シーズンの三連休、甘く見すぎでした。
新幹線はみごとに満席、東京までン時間立ちっぱなし。

しんどかった。

親戚の集まりは
さほどしんどくはなかったけれど。


や、しんどくはなかったけれども。

親戚の子どもたちを両腕にかかえて
うれしそうに苦笑する我が父
という光景を見たときは

隅田川の少女たちに
再会してしまった、と、背筋がさむくなりました。


「隅田川」

中山可穂の連作短篇集
『悲歌(エレジー)』に収載された一篇です。


ゲームセンターのマシンのひとつ、
ふたりで並んで写真を撮ると
「ふたりの子ども」の
シミュレーション写真が合成される
という機械を、ふたりの女子高生が試すのです。

そして描かれるのは
出力された写真を見た彼女たちの
青く激しい怒りの炎。


ふたりは見てはいけないものを見てしまったのだ。
この世に決して存在するはずのない、ふたりの愛の結晶の姿を。



わたしはひとりっ子ではなく
きょうだいのなかには既婚者もいるけれど
皆、それぞれの理由で子どもがいません。

父が「祖父」になることは
ないかもしれないので

屈託はありながらしあわせそうな、
この笑顔は、だれのものなんだろう。

ゆがんだ未来を見せられたような
世界線をまたいだ別の「父」を見たような

ほのぼのとした場面なのに
ちょっとした幻想怪奇体験でした。


あ、でも!

わたしはレズでなかったとしても
子どもは産まなかったとおもうし

世の中には
子どもを産むレズもいるので

「レズは子どもを持てない」
「親に孫を見せてあげられない」
などと言うつもりは毛頭なし。


ただ、父と子どもたちの姿を見た瞬間に
そこだけ空気がふわっと黄色く透きとおり

しばらく読んでいなかったにもかかわらず
テロップのように

「隅田川」の一節が、
さっき青字で書き写した2行が、
網膜に浮かびあがったことを
記録しておきます。


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『悲歌』の中では「定家」が好き。

裏切りではないと知っている

こんばんは、圭です。

あきらさんが
誕生日を祝って
ディズニーデートを企画してくれました。

誕生日の当日に。
泊まりがけで。

園内の装飾は、ちょうどクリスマス。
宿泊先は、公式ホテル。


ファンの多い遊園地ですから
このプランに「いいね!」ボタンを押すレズは
それなりにいることでしょう。


が。
ここにひとつ、問題がござる。

「誕生日」を迎えたのは、わたしではない。
ということであります。


ディズニー大好きな友人のため、
我が彼女が計画を立て、
ふたりで出かけていったのでした。

わたしは見送り。留守番。


カップルによっては
きっと険悪になる案件ですね!

わたしも、拗ねなかったとは言わない。
彼女との時間を、たっぷり2日もとれる友人、うらやましい。

ふだんじぶんが
彼女の時間を優先配分してもらっていることは
既得権として棚に上げ、
いいなあああああ と部屋じゅうを転がったよね。


でも、その感情は、嫉妬ではなかった。

じぶんがどういう相手にやきもちを焼くのか
そう言えば分析したことがありました。

我ながら、あれはじぶんをよく理解した定義だったな。


相手がフリーのレズで、
あきらさんのような中性的なひとがタイプ…
なのであれば、ディズニーなんて却下です、却下。

束縛だと言われようとも! 阻止!


今回は
そういう相手ではなかったので
わたしも気もちよく彼女を送り出せたし
そもそも彼女も、わたしに遠慮する必要がありませんでした。

「浮気の定義」というと話が飛躍しすぎではあるけれど
アウトとセーフの境目は、共有してあるとらくちんよね。


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問題はアウティングではない

こんばんは、圭です。

「アウティング」ということばについて
おもうところを書いてから
まだ幾日も経ちませんが、
ここで、業界を騒がせるニュースが
飛び込んできましたね。
俳優・成宮寛貴氏の引退と
その原因と、それに関する報道。

んで、例えば報道の在り方については、
だいぶあちこちで怒りの声が上がっているので、
ここでは書かないことにして。
 
わたしは、この件に関して一部の方がつかっている、
ある表現がこわい。という話を。


もう最初から言ってしまうけれど、
このニュースと、「アウティング、ダメ、ゼッタイ」をセットで語ること。
これが、わたしは、こわいのです。


※ちょっとテンションが高いので、分けます。

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「アウティングと言う」暴力

こんばんは、圭です。

経年の宿題であったトルコ旅行記を
昨日、書きあげました。

年内に完結させたかったので、
なんとか、達成。


さて。
この「年内に完結」を優先して
これまで書かずにいた想いを
今こそ、記事にしてしまおう。

今年の夏の、ニュース。
一橋大学法科大学院の、事件です。


※反感をもつ方が想定されるので、分けます。長いです。

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