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オネショタである必要はない

こんばんは、圭です。

わたしの勤める会社には
お盆休みというものが存在しませんが
幸い土日は休みなので、「お盆」の時期に休むことができた
この週末。

夏コミに足を運び、銭湯で長風呂、
納涼寄席で落語を満喫、いい休みだったなあ。


本屋にも行きました。

で、百合ではないのだけれど
一部のセクマイクラスタにも需要がありそうな作品を見つけました。

こちら、『私の少年』


Meinenjungen


※未読のひとが見ても差し支えないように書きますが、念のためネタばれ注意。










30歳のOL・聡子と、12歳の小学生男子・真修(ましゅう)が
夜の公園で出会い、心を通わせていく話です。

夜の公園に小学生がぽつんといるのです、
「これは家庭になにかあるな」とおもわせる描写。

そんな真修くんが気になって仕方ない聡子の気もちは、
これは母性…? それとも…?


っていうのが、公式のアオリなんですけれども!


これでは、わたしは釣られません。釣れません。
そもそもNLに興味ないっつうの。
子どもだって嫌いだっつうの。


それでもこのレズブログに書き残す意図は
表紙イラストが雄弁に語ってくれる。

真修くん、どうです、みごとに中性的。
色彩の淡さも相俟って、本屋の平積みを見かけたとき、
まずこれ「歳の差百合」だとおもったもんね。

いとけなき、危うき、性の境界に在るもの。
誤解を恐れずに言いましょう、おいしく消費した、と。


そして聡子の年齢が、いまのじぶんに近いのも、
またこのまんがをつい読み返してしまう理由の一端です。

見覚えがないなんて言わないよ、
「働く」ということに、「ただ生きている」ことに、
馴れきった聡子の目つき。

濁った目は相方みたいなもので、
じぶんの眼窩にそれがあるからと言って
苦痛でもなんでもないのだけれど

真修の見せる純粋な「初めて知った」「初めて来た」が、
目薬のようにしみるのは、ああ、うん、なんとなくわかります。


我が彼女が全身・全力でパンダのものまねをしているとき
大手を広げてあたまを撫でくりまわしたりなんぞすると
「きょとん」と「うざい」が渾然となった、
すばらしく繊細な表情を見せてくれるのですが、
それを見ることができたときの感情に似ているね!
くすぐったい、目のさめるような罪悪感と充足感!


というわけで、ようこそ、背徳のオネショタワールドへ。


高野 ひと深 『私の少年』 1巻
双葉社 ACTION COMICS 2016年6月



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