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映画「シン・ゴジラ」感想 ※ネタばれあり

こんにちは、圭です。

「シン・ゴジラ」、観て来ました。
3回、観て来ました。

たぶん、これで終わりではありません。

 
いつも、映画のレビューは
なるべく観たことがないひと向けに内容をかるく紹介しつつ
おもうことを書き散らかすこととしているのだけれど

今回は、おもうことが多すぎました。
じぶんのなかに溜まったことばを、外へ出しておく必要があります。

昂奮の渦、さなか。


ところで、監督は、「前情報なしで観てほしい」というおもいをもっているそうです。

我が嫁は、表現者としての監督の意思を推し量り、
また尊重するため、ネタばれは書かないと云います。

しかしわたしは、洗いざらい、書いてしまおうとおもいます。

「圭さんは書きたかったら書いたらいいよ。庵野監督のファンじゃないんだし」

と言われたことが後押しになったのですが、事実であるにせよ、悔しいものですね。


※ネタばれ要素を含みます。長いです。閲覧注意!












前情報はほとんどないまま観た。

監督が「エヴァンゲリオン」の監督であること、
ゴジラの怖さを敢えて言うなら、目的がよくわからない点だということ、
これだけ、嫁から聞いていた。
 
結果として、それでよかったとおもった。

「どういう映画なのか」を知らずに観たことで
「わたしはこの映画をどう観るのか」ということに集中できた。

同じように観たいひとは、この続きを読まれないがよろしい。

 
甘ったるいロマンスがないこと。

破壊衝動に駆られたパニック映画ではないこと。

「ここ、感動するところですよ」と煽るような演出がほぼないこと。

守るべき家庭といった、登場人物の私的な背景を掘り下げないこと。

個性の強いメンバーをそろえながら、不自然な「キャラ付け」をしないこと。


いずれもいずれも、内容への集中を助けてくれる描き方。
わたしには好もしかった。

 
観終わったとき、この映画は図上訓練だとおもった。

粛々と「つくりものでございます」という雰囲気を残しながら
現実味を追求している、この感じ、知ってる、あれだ、訓練だ。
 
想定外の危機にぶつかったとき、組織はどう動くのか。
国という一組織の危機管理を描いてみた、映画自体がシミュレーション。
 
いつかレンタルビデオ屋にこの映画がならぶとき
ジャンルはきっと「特撮」なのだろうが、
図書館に、ハザードマップや「東京防災」の黄色い冊子など
といっしょに立てかけてあっても、違和感はまったくないだろうな。


さてその危機管理にあたる人々の「仕事」を見ながら
判断することが仕事である立場、守ることが仕事である立場
の痛みを考えてしまった。

仕事をするとき、求められるのは成果であって
過程がどんなに優秀でも、成果が出なければ、基本的には、認めてもらえない。

対ゴジラの知恵をしぼる人々にとっては
不眠不休で働くことが偉いのではなく
不眠不休で働いた結果、「成果」が出なくてはならない。切実。必死。

容赦はないが、それがあたりまえ。
そうなんだよなあ、あたりまえなんだよなあ。

先がどうなるかわからない状況で、だれもが、
最善の決着をみようとしている、しているんだよなあ。

鈍重な日本、鈍重な政府、ヒーローなんてどこにもいない。
「仕事ですから」は名ぜりふだとおもう。
そして 「うぬぼれるな、矢口」という強烈な戒めが飛んでくる。
   
妹が中学生のときに言ったことばを、唐突に思い出した。
「生徒会長に立候補しないやつには、立候補してくれたやつらを批判して満足する資格なんてない」

のめりこませてくれやがる。


かぶりつきで観てしまうのは、リアリティの下支えに依るところも大きい。
あるある・いるいる が多い。皮肉もきいている。
   
会議の結果「よくわからないということがわかった」ということ。
机上で話が進んでいる間に、もうネット上には動画が上がっていること。

避難してください、と必死に手を振り続ける消防や警察の誘導に従いながら、
ゴジラを撮るためにスマホをかざさずにはいられないひとびと。

一難去ると、「課長補佐」だったひとが「課長代理」になっていて、
ああ、課長は死んでしまったのかもしれない。

危機に瀕したとき、不謹慎かもしれないが、生き生きする「守る側」。
背負っているものがあるという誇りなのだろうか、
「ほんとうにやりますよ」と言うときの防衛相や
作戦について説明するときの自衛隊員の
一瞬浮かぶ笑顔には舌を巻いた。

あの笑顔、わたしもナマで見たことがある。
去年の9月、関東・東北豪雨の復旧工事で。


さらに惹かれるのは、場面・場面に
つい解釈を加えたくなる余地、というか、隙があるところ。

ミサイルが効かない相手に対して、あの爆弾が効果を発揮するのは、
技術は前向きな目的に使うべきという暗喩なのではないか、とか。

「仇を討ってくる」と発進するのは日本の戦闘機ではなく、
やられたらやり返すのが道理だとおもっている層を、客観的に描くのだな、とか。

主役ふたりの姿勢の違いはネクタイの赤色・青色に見られるが、
「赤」の彼とて、アメリカの赤いドレスと並べばノーネクタイで、
背後には星条旗よろしく星がそびえ立っている、とか。

「もう光弾も虫笛もきかない」や「森へおかえり」、
「やっと巡ってきた幸運か、それとも破滅の罠か」
といった「風の谷のナウシカ」のせりふが何度も脳内をよぎり、
庵野監督が巨神兵を描いたこととゴジラは無関係ではない、とか。


もっと、この映画からなにかを吸収したい。
貪婪になる。訴求力がある。


後半、ゴジラの尾が印象的に映る場面がある。
嫁はロダンの「地獄の門」のようだと言い、わたしは原爆ドームを想起した。

たまたま巨大であるために、生きているだけで駆逐対象となったゴジラも
またひとつの被災地なのかもしれぬ。

ゴジラの吐く熱線を
嫁は「カメムシの悪臭」だと言い、わたしは「イソギンチャクの刺胞」だと感じた。

破壊は悪意に基づくものではなく、外敵から身を守っているに過ぎない。

ゴジラとはなんなのか。
ゴジラはなぜ上陸したのか。
ゴジラはなぜ進化するのか。

もっと、この映画を観たひとと議論をしたい。
貪婪になる。訴求力がある。


と、ここまで書いておもったこと。
わたしの狭い狭い世界のなかには、よく似たものが、ふたつある。

又吉直樹と、Sound Horizon。


『火花』が売れた、ならば「シン・ゴジラ」も売れると言うと端的すぎるが、
作品を受け取る下地は、同一だとおもった。

青字は又吉氏のことばの一部。

「やろうと思ったら誰にも媚びないものなんかできる」なんてダサい
「やろうと思ったらできるけどそれでは世に出られないからみんながわかる言葉でやっている」なんて、軽いこともダサいから言うなよ



『火花』も「シン・ゴジラ」も、
オナニーしながら、それが一人遊びにとどまらず
ひとにも快感を与えることに成功しているという印象。


一方、映画のパンフレットによく載っている監督インタビューが
「シン・ゴジラ」のパンフには、ない。

正解は、知らされていない。

挑戦状であり、「おれの解釈が優れている」と観たひと同士のマウンティングを誘発する撒き餌であり、「考察とかいいから、すなおに楽しもうよ」と戦線離脱することもでき、あれ、Sound Horizon。

おれは作りたいものを作った、きみたちは受け取りたいものを受け取れ。
作中に登場する教授は、宮崎駿に似ている、と嫁が言った。


そうして内容に食らいつきつつ、3度めはシンプルに俳優を観に行った。
顔のアップが多いから、皺まで堪能できる。
 
「ちゅらさん」以来ずっと大好きな余貴美子の、きびきびした怪演。
市川実日子のうつくしい背すじ、終盤でこぼれる笑み。
竹野内豊の腹に響く美声と、「自治体」が「じじたい」に聞こえる絶妙な滑舌。
 
國村隼や柄本明は「こういう仕事人、いかにもいそう」だ。
大杉漣と平泉成の対比を電話でも見せる演出、にくいとおもう。
嶋田久作が声を荒らげる場面にカタルシスを覚える。
「汚い政治家」のような雰囲気をまとっていながら、松尾諭はなぜあんなに頼もしいんだ。

ドラマで見かけるたび「この俳優の演技、ものすごく好きだな」
とおもっていたのに名前を知らなかった高橋一生。

フジテレビの「HERO」での演技が出会いだったせいで
彼はわたしにとっていつも「古田くん」だった。
覚えます、覚えました、高橋一生。 最優秀男優だとおもった。
 

そうそう、我が地元、栃木県でも撮影が行われたということを
映画館に置かれたちらしで知った。
 
宇都宮では、毎年、自転車の国際的な試合を市中でやっている。
そのためには駅前の大通りを通行止めにする、そのノウハウを、
こんなところでも生かして、ロケを誘致したひとたちがいたんだなあ、と、
ちょっと胸が熱くなったりした。


ところで、1回めは、4Dシアターで視聴した。
水しぶきが顔にかかり、いすが傾き、風が吹く。

最悪だった。

なにがよくないか。引き戻されるのだ。
「あなたは映画館にいます」といちいち突きつけられる。
4Dは、臨場感を増すためのものではなかったのか。
 
傾きゆくビルのシーンを横向きに観ていながら、
しかし足元になにかが滑り込んでくる。
おいおい、わたしはどこにいる設定なんだ。
   
これはよくない、と体感で知ることができたので、
「4Dで観てよかった」ともおもった。
もちろん、2回め以降は2Dで観ている。



特撮映画は観たことがない。
ゴジラ、まったく未知の領域。
好きな映画は「サウンド・オブ・ミュージック」。
そんなわたしに、嫁が言った。

   

「圭さんでも、映画を観て昂奮することがあるんだね」


 
その瞬間に立ち会えてよかった、とも言われた。
庵野監督ファンの、きみの、おかげですよ。


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08.レビューらしき」カテゴリの記事

コメント

いつも楽しく拝読しています。薫と申します。

新ゴジラ…タイトル聞いたときには「なーんだまたゴジラやるの」くらいにしか思ってなかったのですが…

この記事を読んでちょっと興味が湧きました。
4Dって誰もが喜ぶわけでは無いのですね(笑)
新ゴジラも4Dも興味があるので試してみようかと思います(=゚ω゚)ノ

薫さん

コメントありがとうございます。
興味をもたれたのであればあとは映画館へ向かうだけ、さあ語らいましょう( ̄ー ̄)

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