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レズの目にうつる夫婦別姓再び

こんばんは、圭です。

出ましたね、最高裁判決。
「民法の夫婦同姓規定は合憲」という判断が、下りました。

出たのは、16日午後3時台。
勤務中だったわたしのところに、

あきらさんから速報メールが届きました。


「同姓規定、合憲だって。つまり別姓は違憲てことなの?

なんかニュースサイトとか読んだけど、わかりづらい」


※長い、かたい、反発あることも想定内。お好みに合わせてお読みください。











別姓は違憲?
いえいえ、とんでもない。
 
最高裁判決は「『夫婦同姓を規定しているからと言って民法が違憲』とは言えない」という内容ですよね。

「夫婦別姓が違憲」になったのでは、断じてないのですよね。

さらに言うと、「『夫婦同姓を規定しているからと言って民法が違憲』とは言えない」という判断は、「夫婦は同姓であるべき」という判断ではありませんよね。

議論は国会でやってくれ、というのが、最高裁の言い分ですもの!
 

当事者、特に力をこめて戦ってこられた原告の方々の脱力は察しつつ、これは終わりではないのだと、奥の手で攻めてスムーズに運ばなかったからと言って、言うなれば手前の手で攻めることを諦める必要はないのだと、わたしはおもうのです。



後出しになりましたが、やっぱり、きちんと残しておこう、わたしは、実は、合憲判決が出るとおもっていました。
「夫婦同姓を規定しているからと言って民法が違憲とは言えない」という判断が下ると、おもっていました。

日本は保守的な国だから、どうせ合憲だってことになるだろう。
というような冷めた意味ではなく。

この戦い方で「違憲」をもぎとるのは、苦しい、ウルトラCだろう、と考えていました。


「夫婦別姓という選択肢はあってしかるべき」というおもいと、でも、これはまあ違憲という結論にはならないだろうな…

というおもいは、わたしにとって、矛盾しない。

 
なぜ「これはまあ合憲だよなあ」とおもっていたか。と言えば。

それは、原告の訴えの一部。
誤読だったら申し訳ないのだけれど、「結婚に際して改姓するのは90%女性なのだから、これは女性差別にあたり、両性の本質的平等を謳う憲法に違反する」てなことを主張されていたと理解しています。

が、これこれ、この部分。


例え彼らが望んだように「民法が夫婦別姓という選択肢も認める条文」に書き換わったとしても、やはり夫婦同姓を選ぶカップルのほうが、恐らくは、多いのではないかな。

そうなったとき、「90%のカップルは夫婦同姓を選ぶのだから夫婦別姓は差別されている」とは、うーん、言えないとおもうんだなあ。

え、女性の姓を選択することもできるようになってますよ?ってね、返されてね、「違憲とは言えません」ということになるのではないかと、いや、浅いのは承知していますよ、でもね、わたしはそうおもっておったとです。


おもっておったのですが。
判決文が公開されたので、目を通しました。
最高裁判断に対する、支持も、批判も、目についた論評はつまみ食いしました。

そしてね、すこし、考え方を変えたんだ。


 
唐突に話は変わるんだけれど。
むかしばなしを、ひとつ。

10年以上前の夏のこと。

校内人気行事である合唱コンクールの日程と、

部活動で勝ち進んだ生徒の大会日程とが、重なった…という出来事がありました。
こういう事態になったとき、多くの場合、この生徒は、残念がりながらも、

合唱コンクールを欠席することになるのでしょう。

しかし、この学校では。

大会日程は動かせないけれど、クラス皆で歌いたい、
部活動をがんばっているあの子もいっしょに、
ちゃんと思い出をつくりたいという輪が広がり、
署名を集めて校長に直訴。合唱コンクールの日程を、ずらしてください!


覚えています、校長室の白い床。
覚えています、「校長に直訴だなんて、やり方が汚い」ということば。


汚くても、ほかに仕方がなかったんだ。職員室の壁は、厚かったんだ。
担任の先生は、いまおもえば、ほんとうは同僚の先生方から「なんとかしなさい、あなたのクラス」と冷たい視線を浴びていたのかもしれないけれど、それでも活動を後押ししてくれた。


 






話を戻しましょ。

選択的夫婦別姓に関わる議論について、原告の方々は、
その戦場を、立法の場でなく、司法の場に定めたのですね。

立法の場の壁の厚さに、業を煮やしたのかも、しれませんね。

そして、懸命に戦ってきたことが報われなかった悲しみを、
泣くほど旦那の苗字が嫌いなら別れたら?」とみるのは、
ことばの過激さ以上に筋違いだな、とおもったのでした。



ところで、ところで!

この話題が一時的に盛り上がって終わってしまうのか、
これを機会に本格的に議論が深まっていくのか、わからないけれど。

ここでは、議論が深まるものとして、話をしようじゃないか。

わたしは、前にも書いたとおり、「別姓が選べる社会に賛成」派。
であるけれども、同じ考えをもっているひとの、「別姓が選べる社会に反対」派に対する言い分に違和感のあることもたびたびです。

議論を深めたいのなら。

「別姓が選べる社会に賛成」し、それを推進するひとは、ぜひ、
「別姓が選べる社会に反対」するひとに、あなたが守りたいものはなにか、問うてみたらいいのではないかしら。


「別姓を認めたら伝統的家族観が壊れてしまう」と言い張るひとに対して、
「明治政府は夫婦別姓を通達していたんですよ? 夫婦同姓なんて別に日本の伝統じゃないんですよ? 知らなかったの? ばーかばーか」では、前進など、するわけもなかろうに。

 
問うてみるのは、どうですか。



「伝統的家族観」が壊れるとは、具体的に何がどうなることでしょうか。

「伝統的家族観」が壊れると、どんな不都合があるのでしょうか。

「伝統的家族観」が壊れると起こる事象について、あなたは何を憂えているのでしょうか。



もし運よくそれが明らかになったなら、「別姓が選べる社会」を推進する陣は、宣言しましょうよ。力強く約束しましょうよ。

なるほど、我々は、あなたが言うところの「伝統的家族観」を壊そうとしています。
でも、それがために、あなたが恐れているような不利益が生まれないような社会をいっしょにつくっていきたいのです。
それでも、「伝統」のひとを縛る力は強いもの。
不利益が生まれてしまったときは、それを必死にフォローする姿勢を貫きたいのです。

そう言えたら、いいのではないかなあ。



別姓推進の当事者ではないのに、わたしがこの件をしつこくブログに書くのは、
ひとつ前の記事でも言いましたとおり、我々同性カップルをとりまく話題と似たところがあるからでございます。

上に書いたもの、そのまま、セクシャルマイノリティの子育てに代入できるとおもっているんだ。

「母親がふたりで父親がいない家族はふつうじゃない。子どもがいじめられるに決まってる」と言い張るひとに対して、
「そもそもひとはひとりひとり違うもの。他人をふつうではないなどと呼ばわっていじめる子のほうがどうかしてる」と返したところで、それは、果たして、返したことになるのかな。


なるほど、我々は、あなたが言うところの「ふつうじゃない家族」を形成しようとしています。
でも、「ふつうじゃない」がために、例えば子どもがいじめられるようなことがないような環境を、いっしょにつくっていきたいのです。
それでも「ふつうじゃない」ものを子どもが標的にするのは、よくあること。
子どもがいじめられてしまったときは、全力で子どもを守り、フォローする姿勢を貫きたいのです。

そう言えたら、いいのではないかなあ。



あ、合唱コンクールの日程がどうなったかは
じぶんが校長だったら、どうするか、考えてみていただけたら。

そうそう、そうなりました。
もう、遠い過去のことです。


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