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記念日の蛇足、しかも長い

こんばんは、圭です。

先日は酔っぱらって帰宅し、ふとんにななめダイブ。
この「ななめ」ってのがポイントでね、あきらさんは寝るスペースを確保できず、
書斎の床でおやすみになり、もののみごとに風邪を召されました。

ちょっとわたしハラキリしてきたがいいですか。
ごめんよおおお 


さて。
5月17日は、我々カップルにとってはおつきあい記念日でしたが。
「多様な性にYESの日」でもあったのでした。

朝日新聞の「ひと」欄にも、セクシャルマイノリティ当事者が取り上げられていたりして。

で。
こういう活動を見たり、記事を読んだりしていると。
わたし、いつもおもっていたのです。

わたしは
うっしゃ、じぶんレズビアンだぞ! と決めたとき
どうして、悩みも苦しみもしなかったのだろうって。

どうして、簡単にじぶんの性にYESと言えたのだろうって。

わたしは。
セクシャルマイノリティであり、そのことで悩んだり苦しんだりしたひとと
なにが違ったのだろうって。

その理由を、ふと、まじめに考えてみたのです。
 

※長くてカタくて読みづらいかもしれません。でも一度書いてみたかったので。









これは、あくまでわたしの話。わたし個人の問題。

わたしね、これ、母の影響が大きいとおもったんですの。


母が愛情ぶかく、おおらかで、わたしという存在をいつも肯定してくれていたから。

ではありません。


逆。

というと表現が過激になってしまうけれど。

母が愛情ぶかかったのは事実だとおもうのですが、まあ空回りしていたというか、
我が家には、わたしを典型的な「長女の抑圧」を抱えこんだ人間に仕立てあげるにはじゅうぶんの時間と環境がありました。


あるていど理想の娘でいよう。
ほかのきょうだいたちのように、親とけんかするのは面倒だ。
わたしががまんするだけで、ほら、世界はこんなにも平和。

そういうふるまいをじぶんに課したわたしに
恐らくは無意識に、母は依存したのだとおもいます。


わたしは、母の依存にくたびれるたび、爆発的なエネルギーをもって対抗してきました。
 

わたしには、継続的な反抗期は、たぶんなかった。
あったのは、鬱屈の一滴、一滴が積みかさなった、3~4年おきの氾濫。


氾濫の根本にある感情は、とてもシンプルなものでした。

わたしはいいこではないと、母に思い知らせてやりたい。母を失望させたい。

「子どもにも選択の自由がある」という大義名分を振りかざし、
わたしはいつも懸命に、母の庇護と期待の翼下から抜け出すみちを、探していたのでした。


あるとき。
気づきました。

わたしには、「やりたいこと」があるのだろうか。
「母のやってほしくないこと」を探しているだけで、わたしには、「やりたいこと」なんてないんだ。

それは、なかなかおそろしい発見でした。


なにか、あってもいいはずだ。
わたしにも、自我があるはずなんだ。

もう高校生なのだから。

そう、もう高校生になっていたのです。

そんなころ、雷に打たれたように、女性を好きになりました。




 
わたしは。
「母の望まぬみちにしあわせを見つけたい」という欲がつよかったのだとおもいます。

だから、積極的にレズビアンとして生きることを選べたのだとおもいます。


目のまえに選択肢がひらけ、じぶんの望みと意志があり、
しかもついでに運よく、きっと母にとって想定外の、わたしの未来。

母が構築した「あたりまえの世界」からの逸脱は
わたしの高校生活をどれほど明るくしてくれたことでしょう。


だから、誤解を恐れずに言ってしまいます。

わたしが、レズビアンとして生きるというみちをすんなり選んだのは、ある意味では母のせい。母のおかげ。


でも。

結果として、わたしは正しいみちを選んだ満足感をもっています。
じぶんで選んだ相手と、じぶんで選んだ家で、じぶんで選んだ暮らしを営んでいることに、安心感と充実感をもっています。

あきらさんは、意見があり、意志があり、自立があり、ためらわぬ衝突があり、わたしにはまぶしくてすてきなひと。
世界のせまいわたしを、そのせまさを尊重しながら、バランスよく外へ連れ出してくれるひと。

物理的にも、精神的にも。外へ。

つまりなにが言いたいかっつーと、いま、わたしは解放的にしあわせなのです。



きっかけは、後ろ向きな焦りからでも
じぶんがしあわせになれるほうへ。手の鳴るほうへ。外へ。

出てこられたのだから、これでよかったのです。これがよかったのです。

 

志村貴子の新作『娘の家出①』から、ゲイの「しんちゃん」のせりふをそっと引きます。


わたしの自立は逃避がはじまりだもん

それならそれでもいいのよ
納得ずくなら



動機もスタート地点も、なんでもいいから
あらゆるひとが、のびやかにじぶんのしあわせを追求できたら、いいな。いいね。


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06.セクマイばなし」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。

いつもこっそり覗いていました。
圭さんの綴る言葉がとても心地よくて、とても好きです。

下弦珊珠、というタイトルも、
静寂の中に光るものがあって、すてきだなと思ってました。

私も自分がレズビアンであることに、特に悩まなかった人間です。
なんでだろう。それすら考えたこともなかったのですが。笑

とりあえず、圭さん更新たのしみにしています、と
それだけ伝えたくて、コメントしました。

それでは。

24さん

いつも覗いてくださるとのこと、うれしい限りです。
それだけでは中身のわからんこの自己満足タイトルにまで言及してくださるとは。

悩んでしかるべきだとはおもわないのですが、
ふと、そう言えばどんな心境だったかな、とおもったもので
こんな重たい記事を書きました。

またへらへらと書き続けますが、どうぞよしなによろしくお願いします。

ご無沙汰しております。

この記事はなんだかすごくよくわかりました。
同じように思いました、ということではなくて、書かれていることがよく伝わった、という意味で。

圭さんのしあわせをとてもうるわしく感じます。

ヨコさん

お久しぶりです。

この記事は、書き散らかしのわたしにはめずらしく、
きちんと発信の意識をもってことばを選んだものです。

同じ想いを抱えたことのない方に伝わったのなら本望…!

はじめまして、圭様。いむと申します。
ランキングからお邪魔しまして、圭様の書かれる文章に、面白くてずぶり、とはまってしまいました。ここ二、三日程ずっと入り浸っております。(アクセス数が気持ち悪いことになっていたらすみません…。一気に読みました。)栃木出身、一時東京へ、栃木に戻られた圭様に何だか親近感が勝手に湧いてしまいまして、コメントをせこせこと打っております。(私も栃木出身、今は東京住まいの、彼女が宇都宮におります。)
中距離恋愛、という言葉にううむと唸りながら今その状況である私達に思いを馳せました。
少し、お付き合い、や同性同士、カムに関して悩んでいたところだったので、あきら様と圭様の五、六年経ってもお幸せなところとか…羨ましくて、いいなあ、と思います。そして改めて相手のことを考えさせられました。今も悩みながら唸ってます。生きづらいと思うところも少しだけあるのですが、何だか今なら前向きにいけそうです。有難うございます。
陰ながら密やかにお二人の幸せを願っております。
緊張のためか乱文で申し訳御座いません。長々と失礼しました。

いむさん

はじめまして。コメントをありがとうございます。
ずぶり、ですか。おことば、もったいのうござります。

そしてなんだかこちらこそ他人とはおもえませんな。
いむさんの彼女さんとは、恐らく1回か2回か100回くらいはすれ違っていることでしょう。

いむさんがどうか前向きな中距離恋愛をたのしまれますように!

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